SF・ホラー・ファンタジー

『時給三〇〇円の死神 』 著者: 藤まる 要約・感想

『時給三〇〇円の死神 』 見どころ

高校生の佐倉真司しんじは、同級生の花森雪希ゆきから
時給「300円」の「死神」の
バイトに誘われます。

バイトの内容は、この世に成仏できないでいる
「死者」の魂をあの世へと送る
手助けをすることです。

バイトの時給は最低賃金を大幅に下回るもので、
その上、交通費も支給されなければ、
残業代も出ないという超ブラックなバイトです。

高校の学費のたしにしようと思っている、
佐倉にとっては、時給300円のバイトをあえて
選ぶ理由はないような気がします。

それでも佐倉がこのバイトを選んだ理由は、
「半年間勤め上げれば、
どんな願いも叶えてもらえる」
という話に魅力を感じたからです。

佐倉がどんな願い事をするのかを
想像しながら読むと楽しめると思います。

佐倉の願いの内容について
触れるとネタバレになるので、
ここでは詳しくは書きませんが、
私の想像していたものとは違いました。

藤まるさん人間はもっと欲深い生き物です。
自分にとって全く利害関係のない人に対して、
大切な願いごとを使ったりはしませんよ。

『時給三〇〇円の死神 』 プロローグ 本文抜粋

このアルバイトは最悪と言っていい。
残業代は出ない。
交通費も出ない。
早朝でも平気で呼び出させる。
そのくせ、勤務時間は幽霊のような≪死者≫を
あの世に送るという常識外れのもの。
300円である。

「それでもキミにこの仕事を勧めたい」
このアルバイトは最悪だった。
でも、同時にかけがえのない何かを
手にすることも出来たんだ。

『時給三〇〇円の死神 』 1章 死神のアルバイトはじめました

「それじゃあキミを死神として採用するね」
クラスメートの花守雪希にこう言われます。

こんなことを言われる
心当たりは一応ありました。
思い出すのは昨日のことです。

「おや、随分と人生が
行き詰っていらっしゃる」

「え―」

「おたすけしましょうか。
あなたにぴったりの仕事があるんですよ」

「仕事?」

「近い内に人を行かせますよ。
それではごきげんよう。」

次の瞬間。もうそこに男はいなかった。

花守が勝手に家に上がり込んできました。
花守は皆の評判が良いです。
顔が可愛くて、
笑顔の天真爛漫てんしんらんまんな性格だからです。

彼女は佐倉真治を
「死神のアルバイト」に
採用するためにやってきました。

彼女は佐倉を指導するように
上から言われています。

【死神の仕事】
・時給300円
→いくらなんでも安すぎである

・学生なので勤務時間は1日4時間
※早出、残業あり(残業代は出ない)

半月間勤め上げれば、
どんな願いもひとつだけ叶える≪希望≫を申請できる

何かの怪しい宗教のバイトかと思い、
怪しんだ佐倉だったが、
彼にはまとまった金が必要でした。
貧乏だったからです。(貧乏なのに、
時給300円のバイトでよしとする設定が
おかしいとは思うが…)
結局、佐倉は契約書にサインしていました。

初バイトの相手は朝月静香でした。
朝月の悩みというのは、
「4つ下の病気の妹に、
何かをしてあげること」です。

佐倉にはどこが死神のアルバイトなのか
わかりません。朝月がまだ生きていると
思っていたからです。

次の日、佐倉は、朝月の妹の病院へと向かいます。
佐倉は離れた廊下で待っていました。
朝月と花森が出てきました。
扉を閉める間際、妹の酷い叫び声が聞こえます。

朝月が妹のプレゼントを用意していましたが、
どうなったのか聞ける雰囲気ではありません。

その日の夜、佐倉と朝月は2人で
昔よく来た公園にやって来ていました。

2人は付き合っていました。
父親が傷害事件を起こし会社をリストラされ、
犯罪者の息子になった時、
朝月と付き合うことで、世間が朝月をどんな目で
見るのかを考えたときにどうしても
耐えられなかったので別れたのです。

朝月がもしもの未来を想像し、
それに応えるような話を主にしました。

  • もし一緒に大学に通うならどこがいい
  • もし一緒に旅行に行くならどこがいい
  • もし家を建てるなら
  • もし子供を育てるなら

そんな、もしもの未来を2人で語り続けました。

「今日は本当に楽しかった。
わがままを聞いてくれてありがとう。
ばいばい、佐倉くん」

「あ、ああ」

今夜に限って、
いつもの「またね」がなかった。
なぜだろうか。

―大切な夜にするんだよ。
不意に、なぜか花守の残した
言葉が思い出された。

朝起きて、朝月の携帯電話に電話をします。
深い意味はありません。
ただ声が聞きたかったのです。
しかし、なぜか電話が通じません。

朝月の家に行くと、朝月が「ひと月前に
交通事故で亡くなっていた」ことを知りました。

「朝月さんの妹ちゃんが
一番欲しかったものはね、
お姉ちゃんとの時間だったの。
でも、当たり前に側にあったから、
妹ちゃんはないがしろにしてしまっていた。
朝月さんは≪死者≫になってそれを知り、
何とか仲直りしようと必死だった。
でも、結局何をやってもダメだった。
だから彼女はあきらめたの。
これ以上、生き続けることを」

この日、朝月静香はこの世から消えてしまいます。

『時給三〇〇円の死神 』 2章 白い手紙

どれくらい玄関で我を失っていたのだろう。
花森はそんな佐倉の手をとり、
引きずるように居間まで連れて行きます。

未練を残して死んだ人の中から稀に≪死者≫は
生まれます。そして彼らが生まれた瞬間に、
世界は偽りの姿―ロスタイムに姿を変えます。

【ロスタイムとは何か?】

未練を晴らすために
与えられた限りのある時間。

≪死者≫は未練を晴らすことで
ロスタイムを終わらせこの世を去るか、
いつ訪れるかわからない
時間切れを待ってこの世を去るかを
選らばなければならない。

しかしどちらを選んだ場合でも、
ロスタイム中に起こった全ての事象、
記憶はリセットされる。

佐倉は朝月がこの世から去ったショックで、
このバイトを辞めようと思い、
色々考えた結果「バイトを続ける」
ことにしました。

バイトを辞めると朝月との
思い出が消えてしまうので、
とりあえず続けることで、
朝月との思い出を守りたかったからです。

再び始まったバイト。
2人目の≪死者≫は手紙おじさん。

彼の未練は、失くしてしまった息子からの手紙を
見つけてほしいということでした。


手紙おじさんに暴言を吐かれ、
会社を興して成功した自慢話を聞かされながら、
佐倉、花守、手紙おじさんの3人で、
連日広い河原に手紙が
落ちていないか探しました。

結局手紙は見つからなかった。
佐倉は色々限界でした。
佐倉の叫びに、手紙おじさんは
自分の人生を語り出しました。

「本当はな、全部嘘なんだよ。
仕事一筋なんて嘘。
何をやっても長続きしない俺は、
小さな工場でバイトをしてはすぐに
厄介者扱いされてクビになるのくり返し。
あげく働きもせず飲んだくれていた。
そしたら妻に愛想を尽かされ
出て行かれたんだ。それだけだ。」

「手紙を落としたっていうのも嘘だ。
でも、まだ5歳にすぎないあいつが、
一生懸命書いてくれたのは本当だ。
たったひとつの思い出だ。だけどそれも、
この河原でヤンキー連中の
親父狩りに遭ってな。
財布ごと奪われたよ。
その数日後に俺は死んだ。
人生最後の思い出がそれってのは、
なんとも俺にぴったりの話だ」

手紙おじさんは、死者となり、
1ヶ月ほど経った頃。
コンビニで自分を襲った連中に
偶然出くわしていました。

手紙おじさんは、≪死者≫の能力で、
人の顔を見ると、その人の名前がわかる。
以前自分を親父狩りしてきたのは、
自分の息子だったのです。

手紙おじさんは誰もいない河原の向こうへ
歩いてゆく。何もかもが、終わってしまった。
それは未練を晴らしたというより、
あきらめたようにしか見えませんでした。

『時給三〇〇円の死神 』 3章 無償の愛

夏休み。佐倉は花森とプールに来ていました。

そこに、くたびれたサッカーボールを抱え、
虚ろな目で地面を見つめている
10歳ぐらいの少年がいました。

この子は他の死神の担当なので、
手出しができません。

次の≪死者≫は、広岡加奈。
身体が弱く、出産したと同時に死んだので、
自分の子が無事に生まれたのかどうかを
知りたいというのが未練でした。

≪死者≫は皆、超能力が使えます。
彼女は相手の嘘を見抜ける力を持っていました。
その能力は、自分の未練と
関連のある能力です。

彼女の本当の未練は、夫が浮気をしており
自分が亡くなった今、子供を欲しがっていた
夫の両親に自分の子供が
育てられていると思うと、
「自分の人生は何だったんだろう」という
後悔からのロスタイムでした。

2週間後。広岡さんは
「この子が無事に育つならそれでいい」
と言い残し、この世を去りました。

その翌日、電車を乗り継ぎ、
2つの目的地を訪ねます。

まず、旦那さんの実家。
広岡さんの赤ちゃんは、
祖父母に可愛がられていました。

次に広岡さんが眠っている霊園。
手を合わせたに来たのです。

『時給三〇〇円の死神 』 4章 潰れた心臓

次の≪死者≫は四宮夕。
8歳のとき母親の虐待の末に殺された。
対象の心臓を止める力を持っています。
その力は母親の心臓を止めるために
あるのだと思っていました。

四宮は雨野のおじちゃんと呼ばれる怪しい
人と仲良くしていました。
彼もまた≪死者≫でした。
彼は、四宮が多くの死神と出会う中で、
少しずつ心を開いていると教えてくれました。

四宮への虐待は続いているが、
楽しい日々を過ごしていたはずでした。

『ケーキを食べたい』と書かれていれば、
バイト代を崩して買いに行き。
『欲しい文房具がある』と書かれていれば、
バイト代を握りしめて雑貨屋へ行き。

何だか俺が奔走してばかりの気もするが、
それでもひとつずつ、
夕ちゃんの幸せを満たしていったのだ。
少しずつ少女の心を解きほぐすように。

数日後、事件は思いがけず起こります。
四宮が母親にマンションから突き落とされ、
殺されたのです。7階から落とされたため、
四宮はおぞましい姿で生死を彷徨っていました。

花森の誕生日に備えて、
四宮は『宝さがし』の宝もの中に
プレゼントを入れて準備をしていました。

もし自分がいけない場合は、
佐倉にお祝いをしてほしいと
伝えられていたので、
プレゼントを掘り起こします。
意外なことにノート1冊しか出てきません。

ノート一面に書かれた文字の嵐。
それは、俺と花守へ向けたあらん限りの
罵倒の言葉だった。

『くたばれ』『死ね』『消え失せろ』

そんな暴言が数えきれないほど、
何ページにもわたって。

四宮は殺された今でも
母親からの愛情を求めていたのです。
彼女は母親を殺人罪で
捕まらせないようにするために
できるだけ多くの時間、
ロスタイムを過ごそうとしていました。

それを邪魔する死神は、全員敵でした。

仮設ではあるが、
心臓を止める能力は、
自分の心臓を止めたかった
という未練を表しているのでは
ないだろうか。と思い浮かびます。

絶望しながらベンチに座っていると
雨野が笑いながら声をかけてきました。

呪いのメッセージは彼が四宮に授けた
アイディアだったのです。

彼は花森もまた、≪死者≫であることを話します。
それは花森が話をしてほしくないことでした。
この瞬間、佐倉と花森の未来が消えてしまいます。
≪死者≫が成仏すると
ロスタイム中に起こったことが、
なかったことになるからです。

『時給三〇〇円の死神 』 5章 幸せの花

死神には2種類います。
半年限定のアルバイト
・≪死者≫でありながら死神になる無期限タイプ

花森は後者でした。

花森の能力は、時間を止めることでした。
その能力を使い、佐倉の前から姿を消します。

次の日、花森は学校には現れません。
家を訪ねても、気づけば手に1万円札を
握らされていました。
花森に会うことはできません。

父親との会話、朝月が遺してくれた日記を
見て勇気づけられた佐倉は、
雨野を脅して、花森に『海の見える砂浜で、
永遠にキミを待つ』と
テレパシーを送ってもらいます。

雨野の能力は、どれだけ離れていても
テレパシーでメッセージを
送れるというものです。

佐倉は砂浜でハンガーストライキをして、
花森を待ち続けます。

そうして、一体どれほどの時が
流れただろうか。
陽が沈み、月が昇り、ひたすら繰り返され。
今夜も冷えるなあなんて考えながら、
差し入れのおにぎりに伸びる手を
びしばし叩いていた、そんな時に。

気づいたのだ。
俺の手が、確かな温もりに
包まれていることに。
夜の海のさざ波が、止まっていることに。

花森は自分のことを話し始めた。
死んだのは小学2年生のとき。
川で溺れた自分に母の手が覆いかぶさり、
溺死しました。

母の手が、自分を救おうと
したものであったのか。
花森を殺して子育ての不安から
解放されたかったのかが、
今でも彼女にはわかりません。

いつロスタイムが終わるかわからない恐怖を
持っている花森に、佐倉は2人の「思い出を作る」
ことを提案します。

ここから2ヶ月。
2人は幸せな時間を過ごしました。

そして、いよいよ始まるのだ。
彼女の最期の清算が。

「ええとお母さん。あらためてこんにちは。
いきなりごめんね、時間を止めちゃって。
ちゃんとお話ししたかったんだけど、
それは難しそうなの。だから、この状態で
お話しします。聞いてください。
私の本当の気持ちを」

「あの日から私の時間は止まっているの。
どれだけ笑っても、
無邪気に笑っていたあの日は二度と来ないの。
何をしても満たされない、忘れられない。
私の人生は、あの瞬間で止まって
しまっているの」

「あなたがあの日、
本当はどうしようとしたのかわかりません。
だから、どちらの可能性も信じて言います。
昨日はありがとう。
私のわがままを聞いて、
大好きな料理をいっぱい作ってくれて。
今朝もありがとう。
ベッドに忍び込んだ私を抱きしめてくれて。
温かくて嬉しくて、そして消せない苦しみが
あると知りました。だからお母さん」

「恨んでいます。でも、愛しています・
ありがとう。さよなら」

「―花森」

2人でこれまでの話、
ありもしない未来の話をしました。

気づけば隣には誰もいなくなっていました。
右手には花がありました。幸せの花が。
次の瞬間花が消えました。

佐倉は半年間、死神のバイトを勤め上げました。
なので、1つ願い事を
叶えてもらうことができます。

彼は「夏休みに佐倉は花森とプールに
来ていたときに見かけた10歳ぐらいの少年」に
願い事を使うことにしました。

花森が≪希望≫を託した、
名も知らぬ少年。

少年に自分が経験してきた
これまでの物語を語ります。

『時給三〇〇円の死神 』 エピローグ 本文抜粋

―3年後。

「こんにちは。お久しぶりです」

「え」

再び。見ず知らずの少年が歩み寄り、
話しかけてきたのだ。
久しぶりに出会う、その少年が。

「あなたのおかげで、ようやく自分の人生に
意味を見出すことが出来ました。
随分と長くかかりましたけど、
やっとロスタイムを
終えることが出来そうです。
最後にお礼をと思い、ここに来ました。
本当にありがとうございました」

「お話しします。
かつてあなたが築いた物語—
『時給三〇〇円の死神』を」

俺たちは話した。俺たちを導いてくれた
少女の話をした。覚えていないけれど、
かけがえのない少女について語り続けた。

幸せの花が、道端に一輪咲いていた。

『時給三〇〇円の死神 』 感想

著者の藤まるさんの性格のひねくれ具合が
よくわかる作品でした。
とくに四宮の呪いのメッセージは、
読んでいてゾッとしました。

この作品を読んで、
「幸せ」とは、「生きる」とは何かを感じた人も
いるようですが、私は感じませんでした。

心が傷ついた読者には、
この本は刺さるのかもしれませんね。