文学・評論

【京都に実在した伝説のホームレス:ジュリー】『ジュリーの世界』 著者:増山実 要約・感想

『ジュリーの世界』 ジュリーとは?

「ジュリー」は架空の人物ではなく、
実際に存在していました。
1960年代から1980年代の京都を
生きている人には、
有名なホームレスだったみたいです。

「ジュリー」は、京都市東山区の円山公園の
倉庫前で亡くなりました。死因は凍死でした。

「ジュリー」という名前は、
沢田 研二さんのニックネーム。
「ジュリー」に由来しています。

「ジュリー」にはいくつか噂があります。

  • 実は意外とカッコいい
  • 物乞いはしない
  • 京都大学出身である
  • ジュリーに会うとその日良いことがある
  • ホームレスは仮の姿で、実はお金もち

これらは、あくまでも噂です。
「ジュリー」というあだ名も、
誰に名付けられたのかわかっていません。

この小説は、
他人から見た「ジュリー」ではなく、
筆者の増山さん自身の眼を通して見た、
「ジュリー」をベースにして書かれています。

『ジュリーの世界』 プロローグ 本文抜粋

花束を持った男が祇園四条通ぎおんしじょうどおりを
東に向かって歩いていた。

普段ならこんな時間でも中国人の
観光客たちが早朝営業のカフェ目当てに
大勢出歩いている。

しかし今、彼らは大幅に
渡航が規制されている。
日本でも感染者が発見されて
大騒ぎになっている新型肺炎の影響が、
この街には早く及んでいた。

祇園のT字路の向こうに
八坂やざか神社の階段が見えた。
なんとか渡りきり、
目の前の石段を見上げた。
覚えている。石段は、たしか十九段。

あの日の深夜、あるいは未明、
「彼」はこの階段を、
どんな気持ちで上ったのだろうか。

三十六年経った今も、
それは男の中で謎のままだった。

「彼」は、三十六年前の今日、
二月五日、「岩戸山」の軒下で死んでいた。
凍死だった。

男が探しているのは「彼」の名前だ。
「彼」の名前はすぐに見つかった。
ありふれた名前なのだ。

男は、そっと口の中で、その名を転がした。
「本名」ではなく、
この街でずっと呼ばれていた、
「彼」の名前を。

河原町のジュリー。

それが、「彼」の名前だ。

『ジュリーの世界』 第1話 花の首飾り 要約

木戸浩介きどこうすけがいる三条京極交番に、
「ネックレスを、『河原町のジュリー』に
ひったくられた!」と
血相を変えた女が飛び込んできました。

木戸の上司である山崎は、
ひったくられた女性の
証言は嘘だと判断します。

木戸は被害を訴える女性より、
ホームレスの方を信用しているのです。

そんな木戸を見て、
どんな浮浪者なのか。
木戸は興味を持ちました。

木戸はカップラーメンが
きっかけで警察官になりました。

連合赤軍のあさま山荘事件の生中継中に、
機動隊の人たちが寒風吹きすさぶ中で、
カップヌードルを美味しそうに食べていました。

近所のプールに行ったら、
カップヌードルの自動販売機がありました。

カップヌードルを食べながら、
機動隊や警察はあそこで頑張ってたんか、
って。木戸はその時頭に浮かびます。
それが彼が警察官になろうと
思ったきっかけです。

【ジュリーについて】

山崎は被害を訴える女性よりも、
ジュリーを信用します。

その理由として、ジュリーは
どんな時でも悠然と歩くので、
被害者女性がひったくりをされても、
ジュリーに簡単に追いつくことが
できるからです。

ネックレスをひったくられた
女性の首元に、跡がついて
いなかったので、山崎は女性の証言が
嘘だと確信しました。

『ジュリーの世界』 第2話 坂の向こう 要約

木戸は仮眠中に、
家に借金取りが来たときの夢をみました。

借金取りから、
父親の居場所を訊かれます。

しかし、父親は1週間前に家のお金を持って、
競輪場に行ったっきり帰ってきて
いないので、わかりません。

木戸はもうすぐ帰って来る母親に、
罵声を聞かせたくなかったので、
懸命に謝罪をしました。

背広の男は、
「臭い人間は嫌いだ」と言い、
木戸に無利子で千円を貸します。

背広の男が投げたタバコの吸い殻が
畳を燃やし、部屋中が炎に包まれていました。
母と父は笑いながら炎に包まれています。

家が火事になったのは木戸の妄想なのだが
この妄想を実際にあった出来事よりも、
リアルに感じています。

木戸が街を巡回していると、
ジュリーを見かけます。
背中が父親のものと似ていたので、
声をかける際に緊張しました。

こんな目をしていたのか。

鋭さもないが、温かみもない。
目ヤニなのか脂なのか、
眼球の表面は濁っている。

ただ汚いという感じは不思議となかった。

ラムネ瓶の中のビー玉のような
目だと木戸は思った。

父親の目とは、まったく似ていなかった。

『ジュリーの世界』 第3話 夜の猫たち 要約

三条京極交番に井上レコード店の奥さんが、
「ロッカ、見つかりましたか。」と
様子を聞きにきました。

ロッカとは猫の名前です。
色が雪みたいに真っ白で、
左目が琥珀こはく色。右目が空色をしています。

木戸はカメラを持った女性に、
猫の捜査を依頼しようとしますが、
警察が嫌いという理由で断られます。

制服を着ていなければ、
協力してくれると言うので、
木戸は仕事終わりに、彼女が経営している
『OZ』というバーに向かいます。

彼女の名前は柚木といいます。
柚木は、京都で猫の写真を撮るのが好きで、
どの場所に行けば必ず、
猫の写真が撮れるのかがわかっています。

柚木が木戸にお願いされたロッカの捜索を
するために、新京極通りを歩いていると、
河原町のジュリーが、そこにいました。

あの日と同じように、
道路脇の柵にもたれながら、
ずっと東の空を眺めていました。

『ジュリーの世界』 第4話 鳥の名前 要約

駸々しんしん堂書店から、
万引き通報がありました。

子供の万引きだと
普通は保護者か学校への通報止まりで、
警察が出向くことはありません。

木戸が駸々堂書店に向かうと、
エプロンをつけた書店員二人と、
小学生の子供がいました。

店員は、家か学校どちらに連絡してほしいかを
子供に聞いたところ、自分の名前も言わず、
警察に連絡してくれとだけ言うので、
警察に連絡することになりました。

子供は、木戸に父親の名前は
「川喜多満一郎」だと言いました。
川喜多は、京都の政界、財界、裏社会に
通じているフィクサーです。

子供は、父親の名前を出せば、
恐れ入って許されるだろうと思っていました。
木戸は怯むことなく、
「子供に父親の名前ではなく、
自分の名前で自分の人生を生きてみろ。」
と諭します。

少年は「池島おさむ」と自分の名前を口にしました。
を万引きした本、『大図説 世界の鳥類』を
また買いに行くと呟きました。

万引きした理由は、その表紙がとびきり美しく、
自分のものにしたい。
このまま家に持って帰りたい。
ただそれだけでした。

池島は図鑑で見た極楽鳥を
「六角鳥獣店」で見つけました。
浮浪者は、六角鳥獣店の前で佇んでいました。

体長は鳩ぐらいの大きさだが、
胸の上の両脇からまるでレースのように
ふさふさとした黄金色の飾り羽が、
体と羽からはみ出して背中と尾を覆って
五十センチほども伸びている。
中央の二本の羽は先端が針金のように
なってさらに長く伸びている。

『ジュリーの世界』 第5話 熱い胸さわぎ 要約

少年は伏見桃山城で開催される
サザンオールスターズの
コンサートに行きたかったのです。

しかし前売りチケットは売り切れで、
しかも小学生は保護者の付き添いなしでは
会場に入れません。

そこで少年は、伏見桃山城の
植え込みの隙間から、
キャッスルランドに忍び込みます。
天守閣からサザンが『勝手にシンドバット』を
歌う声が聞こえてきました。

家のステレオでもウォークマンでも
絶対に出せない大音量のサザンが、
ただ愛おしいと少年は思います。

夜、少年は「六角鳥獣店」に忍び込み、
極楽鳥をゲージから取り出し、
バッグの中に入れます。

出て来たときに、河原町のジュリーに会いました。
ジュリーは東の方向を指さし、
少年に行け、といっているようでした。

極楽鳥をバックの中から取り出すと、
十五秒ほどの間、じっと夜空を
見上げてから、飛び立ちました。

そうして、少年の夏は終わった。

『勝手にシンドバット』 サザンオールスターズ

少年がウォークマンで何度も聞いていた曲、
『勝手にシンドバット』です。

【『勝手にシンドバッド
のタイトルの由来】

勝手にシンドバッド』は、
サザンオールスターズの
デビュー曲です。

桑田佳祐は雑誌のインタビューで
勝手にシンドバッド』は、
当時人気最高潮の沢田研二
勝手にしやがれ」と、
同じくピンクレディー
「渚のシンドバッド」から
借りたタイトルだと後に語っています。

『ジュリーの世界』 第6話 ジュリーと百恵 要約

木戸は映画館で柚木に偶然会い、
柚木は木戸に頑張ってるねえ、
と声をかけられます。

木戸はスリの現行犯を逮捕したことで、
地元の新聞の地方版に載っていたからです。

『太陽を盗んだ男』を観終ってから、
2人で喫茶店に行き、話をしました。

柚木は木戸に、
眉毛が原因で警察官を辞めた
婦人警官の話をしました。

彼女は舞踏に興味がありました。
参加するなら、眉毛を剃ってください。
と言われ、眉毛のない警官は認められないと
思ったので、眉毛を剃り、
警察を辞めたそうです。

そんな彼女と柚木は付き合っています。

木戸は山崎から、
「河原町のジュリーに彼女ができた」
という話を聞きます。

山崎はジュリーが女性と一緒に寝ていたので、
女性に職務質問をしたのですが、
ジュリーに邪魔され、
詳しいことを女性に聞くことが
できませんでした。

山崎はあの夜見た光景は、
幻だったのではないかとさえ思っていました。

『ジュリーの世界』 第7話 黒と白の季節 要約

1人の男が財布を落としたので、
「千円貸して欲しい」と交番に来ました。

その男は木戸が子供のときに、
「臭い人間は嫌いだから、銭湯に行け」と
言った、背広の男でした。

木戸は、男に千円を返し、
もう千円はあげました。

ありがとうございます、
と男は深々と頭を下げ、
逃げるように交番を出ていきました。

その背中を見て、ひどく自分がいやしいことを
した気分になりました。

ジュリーと一緒に寝ていた女が凍死した
ことがわかります。山崎は「あの夜、
彼女を保護していたら、彼女は凍死することは
なかったのではないか、」と思います。

その日の午後、
ジュリーが三人組の中学生に襲われたと
通報がありました。

横浜から来たという中学生は、
定職につかず、世の中の役に
立っていない浮浪者を、
殴ったり蹴ったりすることは、
駆除であり、正義だと言い切ります。

「けどな、警察官の立場でこんなことは
あんまり大きな声では言えんけど、
生徒同士が『メンチを切った、切られた』で
喧嘩するなんちゅうのは、ある意味、
健全なエネルギの発露の
ような気もするんや」

「今、子供たちの鬱屈は、何か別の、
とんでもない『闇』の方に
向かってるんやないかな」

「彼らのように、中学生や高校生たちが、
浮浪者を襲うような事件が、当たり前の
ように起こる時代が、来るのかもしれん」

『ジュリーの世界』 第8話 四十年後 要約

池島は木戸にジュリーについての
思い出を聞くために、取材をしていました。
彼は作家でジュリーを題材にした小説を
書く予定があるからです。

池島は、子供の頃、木戸から万引きを
したさいに、父親の名前を出し、
木戸から「自分の名前で生きてみろ!」
と咎められた少年です。

ジュリーは一九八四年の冬に
円山公園で、凍死で亡くなりました。

ジュリーには妹がいました。

「これは、兄がつけていた日記です。
兄の部屋は、いつ帰ってきてもいいように、
出ていったときと同じ状況でそのまま残して
いたんですが、失踪してから何年も経って、
もう帰ってくることはないだろう、
と心に踏ん切りをつけて、
兄の部屋を整理したときに、
押入れの奥の箱の中から出てきたんです。

もしご興味があるのでしたら、
お読みください。きっと、兄も、
喜ぶのでは、と思います」

『ジュリーの世界』 第9話 真珠貝 要約

慣れない初年兵が、上等兵のことを
『殿』をつけずに呼んだことが理由で、
初年兵全員が殴られました。

Kは殿に特に力を込めて大声で叫んだことで、
何度も殴られ、口の中が血の
味がするまで殴られました。
※Kとはジュリーのことです。

陣地構築のために新しい場所に移動する途中、
Kは喉が渇いて、アメーバ赤痢にかかるのも
覚悟の上で、泥水を飲もうとします。

二等兵Sから、オレンジ色の果物をもらい、
Kは水分を補給することができました。

新たな前線で、Sは足を負傷しました。
KはSを担ぎながら基地に帰還しますが、
途中でSはマラリアに罹患し、
命を落とします。

Sの亡骸を背中から下した時、
ポケットに何か硬いものが
入っているのに気づきます。

真珠貝の貝殻でした。
裏返すと、その内側には、
アクリナミンの黄やマーキュロの赤で描いた、
極楽鳥の絵がありました。

それからどれほど歩いただろうか。
Kにはもう時間の感覚がなかった。
ようやく遠くに基地の灯りを見つけた。
Kは走り寄った。

途中の道に、憲兵が立っていた。
敬礼をするKに憲兵は怒鳴った。

「なんで、おまえだけ、のうのうと
生きて帰ってきたんだ!」
「は……」

「おまえの中隊は玉砕した、
と、すでに大本営、つまりは、
天皇陛下に報告しておる。

顔向けできんだろうが。
皆が、陛下に命を捧げたんだ。

おまえも皇国の兵士らしく、
美しく散ってこんかい!」

Kは敬礼の手をゆっくりと下した。
美しく?
そんなことに美しいという言葉を使うな。
Kは心の中で激しく憤った。
そして、心に固く誓った。

絶対に生きて帰ろう。
Sと一緒に。

『ジュリーの世界』 第10話 再会 要約

柚木は写真展をしていた。
「一九七〇年代、一九八〇年代のこの界隈に
思いを馳せながら、ちょっとした時間旅行を
味わってもらいたい、
というのが、この写真展の趣旨」だそうです。

河原町のジュリーが映っていました。
写真の中のジュリーは、
表情が幾分険しく見えます。
歩き方も地面に足を擦るように歩いていました。

なぜ、彼が、住み慣れた河原町界隈ではなくて、
円山公園で死んでいたのかは謎のままでした。

『ジュリーの世界』 エピローグ 本文抜粋

彼は頭上を見上げた。
雪がとめどもなく降っていた。

極楽鳥……。
彼はつぶやいた。

一羽は派手な羽毛を身にまとい、
もう一羽は地味な姿だった。
二つの影を夢中で追いかけた。

いつしか目の前の白い世界が、
幾十、幾百もの絢爛けんらんたる緑の世界に変わった。

八坂の桜門が見えた。
何度も転びながら、
向こう岸にたどり着く。

彼は息を切らしながら階段を上った。
そのとき誰かが、自分の名前を、呼んだ。

懐かしい声だ。
それが、誰なのか、そして、自分の名を、
その誰かがなぜ知っているのか。
もう彼には判然としなかった。

ただ、恍惚こうこつに浸りながら、
彼は赤い門をくぐった。

『ジュリーの世界』 感想

タイトルが『河原町のジュリー』ではなく、
『ジュリーの世界』だったことには、
ジュリーが生きて見てきた時代を書きたいとする
増山実さんの意思を、タイトルから感じました。

ジュリーの戦争体験は読んでいて、
私も辛くなりました。

戦争から生還した彼が選んだ生き方が
ホームレスだったのでしょう。
そんな彼の生き方を批判する人は
当時の京都にはいませんでした。

当時は現在とは違い、
ホームレスに寛容、というよりも
異質なものに対しても過剰になりすぎないような
社会だったのだと本書を読んで思いました。

今だと公園や駅でホームレスが寝れないように、
ベンチの間に仕切りをつけたり、
夜中にモスキート音が鳴るように対策を
しているところがあるぐらいです。

皆さんも本書を読んで、
1970年代〜80年代の京都を
味わってみてはいかがでしょうか。