文学・評論

『ツナグ 想い人の心得』 著者:辻村深月

まだ観てない人は、映画『ツナグ』もチェック!

『ツナグ 想い人の心得』は、
『ツナグ』の続編になります。

映画『ツナグ』で忘れられない
シーンがあります。

嵐と御園の二人は親友なのですが、
嵐は御園のことを演劇のライバルと
も思っていました。

演劇の主演に御園が選ばれたことに
嵐は嫉妬し、自転車で通学する道を
水で濡らします。

御園は凍った路面で転んで亡くなります。

亡くなった人には一生に一度しか
面会をすることができません。
それは死者も同じです。

嵐は口封じのために御園と逢うことにしました。


満月の夜、嵐は御園と
当たり障りのない会話をして、
面会時間を終えました。

嵐は、自分の殺意を御園に
知られていないと思い、
安心していました。

面会後、嵐は使者から、
御園が嵐に向けた伝言を聞きます。
道は凍ってなかったよ

実は御園は、嵐が自分に対して殺意を
持っていたことに、気がついていました。

嵐は御園に謝る最後のチャンスを
逃してしまったという後悔をし、
発狂します。

御園は嵐の方から謝罪をしてくることを
待っていたのだと思います。
ですが、謝罪されることはなく、
そのことについて話す機会を失いました。

だから御園は、
嵐を安心されるつもりで
道は凍ってなかったよ。だから私が
死んだことで、あなた自身を責める必要は
ないんだよ」と言いたくて、
使者に伝言を頼んだのだと思います。

嵐に精神的にダメージを最大限与えるために、
2人でいるときにはニコニコしながら話をし、
後で使者に「道は凍ってなかったよ」と
伝言の形で伝えた。と考えている人も
映画の感想を観るといました。

辻村深月さんは
そんな怖い小説は書きません。


松坂桃李さんが主演を務める映画、
『ツナグ』をまだ観ていない人は
そちらも御覧いただけると、
『ツナグ 想い人の心得』をより
楽しめると思います。

『ツナグ 想い人の心得』 プロポーズの心得 要約

紙谷ゆずるは、嵐美沙に恋をしていました。
「嵐美沙」は『ツナグ』でも登場しました。

美沙が笑わなくなったのは
「美佐の親友が亡くなってからだ」と
美沙の高校時代の親友から聞きました。

ゆずるは美沙を、
高校時代の親友に逢わせてあげたいと思い、
使者に連絡をしました。

使者・杏奈8歳の少女ですが、
歳の割には大人びて見えました。

「うん。一人の人間が、
『この世』にいるうちに、
『あの世』の死者に会える機会は
一人分だけ。今ここでその子に
会ってしまったら、あなたはもう二度と、
誰かと面会することはできない。
だから、あなたも慎重に考えて」

p.27 使者がゆずるに対して言ったセリフ


ゆずるは、美沙の親友が
一回しかない面会する機会を自分のために
使うはずがないと考え、諦めます。

しかし、死者と逢える機会は滅多にないので、
ゆずるは「父親に逢ってみたい」
と使者に依頼しました。

母に苦労をかけた父を、
会って一発殴ってやろうと
思ったからです。

ゆずるは満月の夜に、
面会場所に指定された
品川のホテルに行きます。

父がいる部屋に入ると、
父はゆずるを見るなり土下座し
泣き続けました。

会って一発殴ってやろうと
思っていた気持ちを、
挫かれてしまったゆずるでした。

ゆずるは父に自分が俳優として
活躍している写真を見せ、
今の自分を知ってもらおうとします。

父はゆずるに女性のことで
アドバイスをします。

「一回フラれたぐらいなんだよ。
本当に好きなら、何度でも何度でも
挑むんだよ。相手がこっちを哀れに
思ってくれるぐらいまで頑張ってみろ。
俺は母さんにそうしたぞ」

p.56


ゆずるは父親に会ったその足で、
美砂に電話をしました。
彼女を彼女の自宅近くの公園に呼び出します。

ゆずるは美砂に、
改めて自分の好きだという気持ちを伝えます。
美砂は覚悟を決めました。

「使者と、お父さんの話
ゆっくり聞かせて。私も―、
ゆずるに話したいことがあるの」

嫌われちゃうかも、しれないけど。
どうだっていいように小声で付け加えた
美砂の一言を、俺は聞き逃さなかった。
黙ったまま唇を噛み、彼女の手を握る。

初めて繋いだ美砂の手は、
柔らかくて、冷たくて、小さかった。

その手にぎゅっと力を込めて、
「聞くよ」と、俺は答えた。

p.65-66

Tips 満月の夜について

使者は死者に会う日に満月の夜を推奨しています。
これは、「会えるのは月の出る夜。
夜明けまでの限られた時間だけ。
というルールが存在するからです。

満月だと月の反対側にいる太陽が、
常に月を照らしてくれるので、
月を一晩中見ることができます。

満月以外だと、運が悪ければ、
雲で月が隠れてしまうことがあります。

『ツナグ 想い人の心得』 歴史研究の心得 要約

新潟県に住む元教員・鮫川は、
「上川岳満に会いたい」と依頼してきました。

鮫川幸平こうへいは、上川岳満の研究を
生涯をささげてしてきました。

そんな彼でも腑に落ちない謎が、
二つありました。

一つは、自分の領地から、
一人も農民を戦に出さなかったことです。

もう一つは、彼が残した歌です。
ひわびて 君こそあらめ 祈るとて
 見てもさてある身ぞ悲しかり

この歌が平安調の浪漫を引きって
いて、時代錯誤に感じるということです。

鮫川はこの歌は、恋の歌ではなく、
『民』と『村』を思った歌だと
結論付けました。

「ええ。ここで歌われているのは、
上川氏が村の民のことを思って、
実は苦悩していたけれども、
その苦しみを民には見せまいと
していたという確かな証です。

稀代の名領主も、ただ自分の思う
ままに行動していたわけではなく、
本当は深く葛藤していたという、
その証拠なのではないかと
私は考えました。

p.98

鮫川は岳満に会うことができました。

一人も農民を戦に出さなかったのは、
岳満が働き手を失うと畑が心配だった
からでした。

とりあえず戦には『行かせない』と
決めている内に、戦が終わったので、
自分の領土から一人も戦に出る人が
いないまま、戦が終わりました。

岳満は優柔不断なだけでした。

彼が残した歌。
ひわびて 君こそあらめ 祈るとて
 見てもさてある身ぞ悲しかり

これは岳満が詠んだものではなく、
彼が文字を書けない家来のために
代筆しただけでした。

生涯をささげてしてきた岳満が、
このような人物だと知っても、
鮫川には少しも落ち込んだ
様子がありませんでした。

自分だけが知っている真実があることに
優越感を感じていたのです。

『ツナグ 想い人の心得』 母の心得 要約

今回の依頼者は二人います。
重田彰一・実里夫妻と小笠原時子です。

重田彰一・実里夫妻には娘がいました。
娘・芽衣は堤防釣りに行ったときに、
誤って海に落ちて溺死しました。
その娘に会いたいと依頼してきました。

小笠原時子も自分の娘に会うために、
依頼をしてきました。
彼女が50歳のとき、
娘の瑛子は乳がんで亡くなりました。

―二人の再開が予定された満月の夜―

実里は部屋に入ると芽衣がいました。

あたたかく、目を開けている娘の姿が
嬉しくて、水の中で、ようやくこの子を
捕らえることができた気がして、
実里は、大声を上げて泣いた。

p.158


実里のお腹には赤ちゃんがいました。
物の道理をわかっていない芽生に、
「産んでもよいか?」を聞くことは
身勝手なことだとわかっていました。

ですが、自分が母になる資格が
あるのか聞き、その答えで自分を
納得させたかったのです

芽衣は「いいよー」と笑顔で、
軽やかに答えました。

実里は芽衣が朝日とともにいなくなるまで、
ずっと芽衣を腕の中に抱きしめていました。

時子は自分の娘・瑛子との最初の挨拶を
ドイツ語でしました。

時子は瑛子が亡くなった後で、
瑛子の夫・カールや瑛子の友達に助けられ、
ドイツ語を日常会話程度なら
話せるようになっていました。

カールと自分たち家族が、
瑛子がいなくなった後も家族としての
時間を築いてきたこと。

時子が今話せるドイツ語は、
そういう時間が、自分たちの中に
流れたことの証明でもある。

p.165


時子は、”Auf Wiedersehen
(また、会いましょう)”
と最後に瑛子に一言をいい、
その一瞬の間に、瑛子の姿が
目の前から消えていました。

ロビーで実里の鞄についている
マタニティマークを見て、
時子は話しかけました。

自分なんかが母親になっていいのか、
自信がないと言う実里に、
時子は、「あなたなら絶対に大丈夫よ!」
と元気づけます。

『ツナグ 想い人の心得』 一人娘の心得 要約

使者・歩美が鶏野工房に行くと、
木製の、新しい犬のおもちゃがありました。

※ツナグの仕事はボランティアなため、
歩美は『つみきの森』で働いています。

大将が歩美に犬のおもちゃについての
感想を尋ねてきました。

「デザイン性は良いのだけれど、
尻尾の先にくっついている木のボールを
子どもが誤飲してしまわないか心配だ」
と歩美の率直な感想を伝えました。

その二週間後、
大将は心臓発作で亡くなりました。

歩美は大将とは親しくさせてもらっていたのに、
仕事以外の話はしませんでした。

通夜で、大将が「―最近の若い人は、
商品の色を何色にするかまで、
相談してくる。俺たちの頃には何でも
自分で決めたのに」と言っていたことを知り、
歩美は、「もしかして大将は自分に心を許して
いなかったのではないか」と考え込みます。

大将の娘・奈緒は、
「父親の仕事を自分が継ぎたいと思っている
ことについて父がどう思っていたのか?」
を確認するために、歩美を訪ねてきました。

―会ってみませんか、
という言葉が出かかります。

もう一度連絡を待ち、
向こうから連絡をしてきたら
歩美はツナグの存在を奈緒に
伝えようと思っていました。

奈緒から連絡があり、
歩美は鶏野工房を訪ねます。

奈緒が作った犬のおもちゃの尻尾に
ついていた紐とボールがなくなり、
柔らかいカーブのお尻部分に、
小さな球体が直接くっついていました。

これを見て父は奈緒に、
「センスがないから木工をやるな」と
言いたかったのだと、奈緒は思いました。

奈緒は、それでも、「父に追いつくために
これから父がお世話になっていた木工所で
修行をするつもりだ」
と清々しい声で言いました。

歩美は、彼女は、
「ツナグに頼る必要はないのだ」と思いました。

使者の声を聞く方法は、
一つではなかったのです。

『ツナグ 想い人の心得』 想い人の心得 要約

四十代の頃は五年に一度。
七十を過ぎた頃からは三年に一度、
依頼をしてくる『蜂谷はちや しげる』から、
歩美の携帯に電話がなりました。

依頼は毎回、桜が咲く少し前にあります。

蜂谷は、神楽坂の料亭『八夜はちや』の
オーナーでした。蜂谷は袖そでおか絢子に
逢いたいと毎回依頼してきます。

蜂谷は彼女の使用人でした。
身分不相応なことはわかっていましたが、
蜂谷は彼女に片思いしていました。
そして、どうしても彼女に
もう一度逢いたかったのです。

歩美は、いつものように絢子が
蜂谷と会うのかを確認します。
今回は初めて蜂谷から、
絢子に伝言を預かっていました。

「今回は蜂谷さんから伝言があります。
そのままの言葉で伝えますね。

―『あの小僧だった蜂谷も、
とうとう八十五になりました』」

p.263-264


「会います」と絢子は答えました。

満月の夜、
蜂谷はようやく絢子に
会うことができました。

蜂谷は結婚をし、子どももいるのですが、
絢子にもう一度春の桜を
見せてあげたかったのです。
面会した部屋からは綺麗な夜桜が見えました。

「私は、絢子さまに出会えて、
本当によかったです」

絢子が微笑んだ。持っていた桜の枝を、
蜂谷の方にすっと差し出す。

蜂谷がそれを受け取ると同時に
―絢子が、消える。

p.279


この出来事から歩美は、
同じ時代に生きられる尊さを感じます。

歩美は奈緒が好きだ。
ドイツぐらいの、距離がなんだ、と思う。

困らせてしまうし、フラれる可能性も高い。
歩美の方が、奈緒より三歳も年下だ。

頼りないと思われても仕方ないし、
何よりこれから大事な修行が始まる
奈緒にとっては迷惑な話かもしれない。

けれど、歩美の想い人は、
今、自分と同じこの世界で、
同じ時間の中にいる。同じ時に生きている。

p.283

『ツナグ 想い人の心得』 感想

「母の心得」の話は、
事実を元にして書かれています。

ドイツ留学した娘が癌になってしまい、
若くして亡くなった後、
ドイツに行ってみたら……というくだりは
『東京會舘とわたし』の
取材で出会った方にお聞きした
ことなんです。

辻村深月×松坂桃李 対談 「ご縁」が繋ぐ、出会いと想いより抜粋


辻村深月さんが、
重田夫妻の話を単体で書くことが
辛くてできなかったので、
小笠原さんの話と合わせることで、
ようやく書けたそうです。

『ツナグ』が再会以前に別離の話である以上、
親が子供を送る話も書かなければならないと
思っていたそうです。

笠原さんのモデルとなった方と
出会うことがなければ、
「母の心得」も生まれることはなかったので、
これも”ご縁”なのですね。

皆さんはもし死者に逢えるとしたら、
誰に逢いたいですか?