文学・評論

【本屋大賞第1位】『52ヘルツのクジラたち』 著者:町田そのこ 要約・感想

『52ヘルツのクジラたち』 人物相関図


『52ヘルツのクジラたち』 人物相関図

『52ヘルツのクジラたち』 1 最果ての街に雨 要約

明日の天気をくような軽い感じで、
風俗やってたの? と言われた。

反射的に男の鼻っ柱めがけて平手打ちした。
ぱちんと小気味よい音がする。
「馬鹿? あんた」

失礼なことを言ってきた男は、
貴瑚きこが家の修繕をお願いした業者で村中という。

「なに失礼なこと訊いてんすか!」
村中の部下—たしかケンタとか呼ばれていた
—が慌てる。

村中は、貴瑚が近所のばあさんたちから、
東京から逃げて来た風俗嬢ではないか?」と
噂されていたので、真実を確かめたかったのだ。

貴瑚は訳ありで漁師町に
引っ越して来たのだが、風俗嬢ではない。

「キナコは顔がいかがわしいからなーって。」
アンさんとのやりとりを想像するが、
アンさんはもういない。

コンドウマートに買い物に行った帰り道で、
包丁が突き刺さった傷口が痛んだ。
女の子が貴瑚のお腹の辺りを撫でる。

女の子は、わたしだけに
傘を差しかけてくれている。
彼女は痩せて、服が汚れていた。

貴瑚は女の子をほっとけなかったので、
家に連れて帰り、
一緒にお風呂に入ることにした。

Tシャツを脱がすと、
痩せた体に痣があることがわかった。
女の子だと思っていたが、男の子だった。

「あんた……やっぱ虐待されてる、よね?」
思わず訊いて、しまったと悔やんだが、
ドアを開けて逃げるように出ていった。

包丁で刺されたお腹の傷は、
実は貴瑚が漁師町に越してきた理由と関係があります。

『52ヘルツのクジラたち』 2 夜空に溶ける声 要約

6時半になると、我が家の近くで
ラジオ体操をする集団がいるようだ。

老人会で会長をしているという
品城しなぎから、「無職の大人がウロウロするのは、
子どもの教育に良くない。
大人として恥ずべきことだよ」と言われ、
貴瑚きこはこういう人とは関わりたくないと思う。

その日の午後、
家に村中が訪ねてきた。
昨日の男の子は、琴美ことみの子どもで、
品城の孫だということがわかる。

琴美は今は『めし処よし屋』で
パートをしている。
しかし、高校のころはアイドル
というよりもお姫さまだった。

その子は意思の疎通ができないらしかった。
貴瑚はそんなはずはない…と思う。

貴瑚が虐待を受けていたころを思い出し、
アンさんの名前を呼ぶ。
泣いていると、
玄関の引き戸を叩く音が聞こえた。

昨日の少年だった。
忘れもののTシャツを取りにきたのだ。
この子からは、自分と同じ孤独の匂いがした。
親から愛情を注がれていない、孤独の匂い。

貴瑚は少年に名前を聞くと、
少年は、『ムシ』と書いた。

幾日かが過ぎた夜のことだった。
頭からケチャップを被った少年が訪ねてきた。
少年にシャワーと自分の服を貸してあげ、
一緒に村中が持ってきてくれたアイスを食べた。

貴瑚は少年が自分の名前を教えてくれるまで、
『ムシ』とは呼べないので、
『52』と呼ぶことにした。

52ヘルツのクジラ。
その声は広大な海で確かに響いているのに、
受け止める仲間はどこにもいない。
あまりに高温だから、他のクジラたちには、
この音は聞こえない。

「わたしも、昔52ヘルツの声をあげてた。
それは長い間誰にも届かなかったけど、
たったひとり、受け止めてくれるひとがいたんだよ」

『52ヘルツのクジラたち』 3 ドアの向こうの世界 要約

5年前、21歳だった貴瑚は、
義父の介護に明け暮れていた。
義父は筋委縮性側索硬化症
―ALSという難病だった。

母が貴瑚を介護要員にした。
病気なのに無理をしてトラックを運転し、
単独事故を起こして、右足を失った義父は
ますます貴瑚に辛辣になった。

義父は他人の介入を嫌がり、在宅サービス
などは一切入れようとはしなかったので、
貴瑚が一人で義父の世話を担ったままだった。

それでも母の
『あたしたち、本当に助かっているのよ。
ありがとう』という言葉が
貴瑚の唯一の救いだった。

そんな時、義父が誤嚥ごえん性肺炎で
緊急入院することになった。
「あんたがちゃんとお父さんを
看ていないからよ!」
立ち上がった母が、貴瑚の頬を打つ。

「娘さん頑張ってますよ」と口々に言う。
病気が進んでいるのは
娘さんのせいじゃない。
分かってるでしょう?

娘さんを責めずに、
一緒に乗り越えていきましょうよ。
「嘘よ、嘘。絶対にこいつのせいよ。
あのひとじゃなく、
こいつが病気になればよかった。
こいつが死ねばいいのに……!」

貴瑚は死んでしまってもいいと思い、
ふらりと病院を出る。

死ぬことを考えながら歩いていると、
高校3年間同じクラスで友人だった美晴に会う。
美晴の会社の先輩の岡田安吾さん、美晴、貴瑚の
3人で居酒屋に向かう。

岡田安吾。アンさんは、貴瑚が死のうとしていた
ことを見抜いていた。アンさんは貴瑚を義父の
介護の『呪い』から救い出してくれた人。
貴瑚にとって命の恩人である。

アンさんに抱きしめられる。
「第2の人生では、
キナコは魂の番と出会うよ。
愛を注ぎ注がれるような、たったひとりの
魂の番のようなひとときっと出会える。
キナコは、しあわせになれる」

貴瑚の母親は義父と再婚をします。
2人の間に子供が生まれ、
その子供を貴瑚よりも
可愛いがっています。

理由なく怒鳴りつけられ、殴られても
貴瑚は母を愛していました。
癇癪を起したあとに、
『さっきはごめんね』と
『大好きだよ』を繰り返してくれて、
愛してくれたと思っているからです。

【母に愛されたい。】
それが彼女の願いでした。

『52ヘルツのクジラたち』 4 再会と懺悔 要約

朝、ごそごそとする気配に目覚めると、
52が居場所を確認するように
きょろきょろと周囲を見回していた。

52はどれだけ起こしても起きなかったので、
貴瑚と52は家中のタオルケットに包まって
縁側で眠ったのだった。

これからどうしたい?と52に訊くと、
52は「家に帰りたくない」と言った。

貴瑚は52の母親、琴美が勤めている
「めし処よし屋」に52についての話をしに行く。

「私が産んで私が面倒みてやってる、
私の子じゃん。
どうしようと、私の勝手でしょ。
それに、私があいつを
産んだせいで人生が狂ったの。
あんたは私のことを
加害者のように言ってるけど、
私は私こそが被害者だと思ってる」

「は? 被害者って、
それ本気で言ってるんですか」

「本気。しなくていい
苦労はたくさんしたし、
我慢しなくていいことも我慢してきた。
私が辛い目に遭ってんのに、
あいつはムシみたいに
ぼんやり生きてるだけ。
そんなのをどう大切にしろっての。
無理でしょ。」

琴美の承諾を得て、貴瑚は52を当分の間、
家で預かることにしたのだった。

『キナコはどうして
52ヘルツのクジラを知ったの』
口元が思わずゆるんだ。
急いで書かれたキナコ、
という文字がこそばゆい。
「あのMP3プレーヤーは、
美音子みねこちゃんがくれたの」

実家を出た貴瑚は、
自分を上手くコントロールできなかった。
1人が怖くて泣いていると、
ルームメイトの美音子が、
『52ヘルツのクジラの声』を
MP3プレーヤーで貴瑚に聞かせてくれた。

貴瑚は、クジラの声を聴くと
気持ちが穏やかになって、
ぐっすりと眠れるようになった。

貴瑚は、52のことをよく知る人に
会って話がしたかった。
52の世話をしてくれたという
『ちほちゃん』に会いに
『北九州の馬借ばしゃく』に行くことにした。

思案していると、玄関でチャイムが鳴った。
そこに立っていたのは、美晴だった。

貴瑚が死んでいるかもしれないと思い、
探しにきたのである。
貴瑚の母親にしつこく聞いたら、
貴瑚の居場所を教えてくれたのだった。

美晴は「5日間」かかって52の行き先が
はっきりしなかったら、警察に行くと言う。
「5日間」は、「アンさんが貴瑚を連れ出すのに
かかった日数」である。

貴瑚、美晴、52の3人で北九州市に向かう。
千穂ちゃんがいる
『末永のおばあちゃん』の家に行くが、
千穂ちゃんは自動車事故で亡くなっていた。

52が話せない理由は、
52が最初に『ママ』ではなく、
『ばあば』と言ったことに腹をたてて、
煙草の火を52の舌に押し付けたことが原因だと
末永のおばあちゃんに教えてもらう。

52の名前は『愛』と言うらしかった。
皮肉なことに愛なんか語れるような
両親ではなかったのだが。

末永のおばあちゃん、藤江さんに、
万が一の時は琴美の虐待の証言を
して欲しいと言うと、
藤江さんは当たり前だと頷いた。

『52ヘルツのクジラたち』 5 償えない過ち 要約

実家を出て、生活が上手くまわるようになったと
感じたのは季節がひと巡りしたころだった。
美音子ちゃんとの関係にも慣れ、
工場では同世代の友人が何人かできた。
涙で濡れる夜が減り、笑うことが増えた。

手帳は先の予定で埋まるようになり、
休日ともなると
取捨選択を迫られることもあった。
充実という言葉を肌で感じる。

貴瑚にとってのアンさんは特別な存在であり、
恋愛対象としては考えられなかった。

新名主税に出会ったのは、
他愛のない夏から2年が過ぎてのことだった。

従業員が200人を超す会社で、
主税は若きプリンスだった。
学生時代にラグビーをやっていたという
がっちりした体躯に、
若いころにミスなんとかの
ファイナリストになったという母親似の甘い
顔立ち。親分肌の性格で、
それを体現するかの
ように気持ちのいい大きな声で笑う。
年はわたしより8つ上。
社内の女性の大半は、彼のことを好ましく
思っていたのではないだろうか。

貴瑚は同じチームの
若い男の子たちの喧嘩に巻き込まれて、
パイプ椅子がこめかみにヒットした。
目が覚めたら病院だった。
怪我は大したことはないのだが、
傷跡は残るかもしれなかった。

主税は貴瑚のことを気に入ったらしく、
これ以降頻繁に工場内に現れては
貴瑚に声をかけてくるようになった。

主税は貴瑚をいろんなところに連れて行った。
寿司に鉄板焼き、営業の途中に
必ず寄るうどん屋に、雑誌に取り上げられた
イタリアンレストラン。

主税が「貴瑚の親友たちに会わせて欲しい」
と言うので、貴瑚はアンさんを紹介した。

アンさんのことを女性だと思っていた主税は、
男性だとわかり、苛立っていた。
アンさんも不機嫌だった。
2人が仲良くなることを
想像していたが、愚かだった。

その後、主税には麻巳子まみこという婚約者がいることがわかる。
貴瑚は主税の浮気相手だったのだ。
それを知ってもなお、
貴瑚は主税がいないと生きていけない気がしていた。
貴瑚は妾としての人生を歩むことを決心する。

アンさんは主税の父親充てに、
主税には『貴瑚という愛人がいる』
という内容の手紙を送っていた。

主税は貴瑚の安全のため、
貴瑚に家から出ないように促す。

主税の父親もまた、
主税と同様に愛人がいます。
そんな父親にアンさんが
『貴瑚という愛人がいる』という内容の手紙を送り、
主税の浮気を告発したところで、
父親が主税を叱ることはしませんでした。

『52ヘルツのクジラたち』 6 届かぬ声の行方 要約

せっかく北九州市まで来たので、
街を散策したいという貴瑚の提案により、
日が傾くのを待って、3人でホテルを出ました。

チャチャタウンというポップなカラーで
彩られた商業施設は、
思っていたよりも賑やかな場所でした。
貴瑚は52を連れて観覧車乗り場へと向かいます。

52に貴瑚が得意なペコちゃんの
顔をして笑わせようとしますが、
笑わせることができませんでした。
ああ、この子をどうしたら
笑わせてあげられるだろう。

「……アンさんは、わたしのことが好きだった。
愛してくれていたんだと、思う」
ゆっくりと語り出すわたしに、
美晴が耳を傾ける。

アンさんはトランスジェンダーでした。
アンさんの本名は、岡田杏子
あんず


主税は調査書に目を落として、鼻で笑った。
自分のハンデの苛つきを俺にぶつけて
きたってわけね。くだらねえな。

主税はアンさんの母親に連絡をし、
アンさんがストーカーをしているので
いさめてもらうように連絡をした。

主税の隙を突き、貴瑚は調査書に書いてある
アンさんの住所を携帯で写真を撮る。

貴瑚は主税に外出がばれて殴られることを覚悟の上で、
こっそりとアンさんに会うことにしました。

アンさんは湯船の中で亡くなっていた。
アンさんは自分の心と体の解離に苦しんでいた。
貴瑚の方から「好きだと」言われることを
待っていたのは、自分の身体にコンプレックスを
抱えていたためである。

アンさんを見送ったあと、
主税宛の遺書を持って部屋に帰ると
貴瑚を見るなり、主税に殴りかかられる。

アンさんから主税宛の遺書を渡すと、
主税はそれを受け取った途端に
キッチンに行って、
コンロの火をつける。

「すっきりした、と主税は笑ったの。
これで全部終わりだ、って。
その笑顔が恐ろしくて、
わたしはもう殺さなきゃと思って、
だから包丁を抜いた」

しばらく揉みあった末に包丁が主税の手に渡り、
何かの拍子にあっさりと貴瑚のお腹に沈んだ。

貴瑚が意識を取り戻すとすぐに、
主税の父親と弁護士というのが連れ立って来て、
示談にしてくれと持ちかけてきた。
目を見張るほどの示談金を提示され、
貴瑚は了承して書類にサインをした。

美晴がわたしを抱きしめる。
息ができなくなるくらい
強く抱きしめながら、
辛かったねと言う。ずっと、辛かったね。
でも、話してくれてありがとう。
私に貴瑚の辛さの半分をちょうだい。
私だって、貴瑚とアンさんといつも3人で
笑っていたのに、何もできなかったことが
辛かった。何にも知らないで責めたことを、
ずっとずっと後悔してた。
だから、貴瑚の辛さを半分ちょうだい。
貴瑚がそれを罪だと言うのなら、
私にもその罪を半分背負わせて。

抱き合って、ふたりで泣いた。

『52ヘルツのクジラたち』 7 最果てでの出会い 要約

翌日、小倉を後にした。
電車を乗り継ぎ、大分へ戻る。

郵便受けに、村中の名刺が入っていた。
村中に電話をする。
村中が言うには、
『品城先生が、孫が誘拐されたと言っている』
と言っているらしかった。

村中のおばあちゃんは、
老人会の会長をやっており、顔が利くので
52のこれからについて相談にいくことにした。

村中が、琴美の母親の昌己の住所が書かれている
年賀状を探っていると、
サイレンのような音が鳴った。
村中家に品城先生が怒鳴り込んできた。

村中が興奮している品城先生をなだめる。
琴美は男と家中のお金をかき集めて、
出ていってしまったらしかった。

その夜、目が覚めると52はいなかった。
昼間見たあの諦めきった顔は、あれは、
死を覚悟していた顔ではないのか。
どうして気付かなかったのだろう。

52は海に向かっていた。
死のうとしていたのかもしれなかった。

「ねえ、わたしと一緒に暮らそう!」
叫ぶと、52の足が止まった。
驚いたように振り返る顔に月明かりが差す。
信じられないものを見たように目を見開いた
その顔に、大きな声で言った。
「わたしと暮らそうよ。ふたりで、あの家で、一緒に」

いとしがはじめて、「キナコ!」と呼んでくれた。
愛が駆け寄ってくる。
勢いよく抱きついてく体を、全身で受け止めた。

「うそ、でしょ……」
飛沫しぶきをあげながら海に沈んでいく、
大きな尾びれを見た。

『52ヘルツのクジラたち』 8 52ヘルツのクジラたち 要約

貴瑚と愛が一緒に住む、というのは現状ではとても難しい
と教えてくれたのは、
琴美の母親の昌子さんだった。

現在昌子さんは、再婚した夫や友人たちと数人で
子ども食堂を運営しているという。

【愛と一緒に住むためにすべきこと】

・琴美から親権を奪うこと。
→独身である上に人生経験が浅く、
しかも現在無職の貴瑚では難しい。

また、愛はこれから病院にかかる必要がある。
学校も、場合によっては
特別支援学級を探さなければならないかもしれない。
仕事と愛を社会に戻すための
諸々を並行して行わなければないなくなると、
愛が負担になる可能性も考えられるのだ。

どうすればよいのか、、、
愛が15歳になったときに、
貴瑚に未成年後見人になってほしいと裁判所に
申立をすれば一緒に住むことができる。

貴瑚は愛と一緒に住むために
これからの2年間頑張ろうと思った。

「52ヘルツ」

愛が呟いて、耳を澄ませるように目を閉じる。
その横顔は祈っているようにも見えた。
わたしも、目を閉じて祈った。
今この時、世界中にいる52ヘルツの
クジラたちに向かって。

どうかその声が誰かに届きますように。
優しく受け止めてもらえますように。
わたしでいいのなら、全力で受け止めるから歌声を止めないで。
私は訊こうとするし、見つけるから。
わたしが二度も見つけてもらえたように、
きっと見つけてみせるから。

だから、お願い。
52ヘルツの声を、聴かせて。

『52ヘルツのクジラたち』 感想

この物語に出てくる人の多くが、
『52ヘルツのクジラ』であったと思います。

  • 愛を虐待した琴美、
  • 琴美の可愛がり方を間違えて、
    逆に苦労をされてしまった品城
  • 貴瑚に暴力をふるい、
  • 安吾が死ぬまで精神的に追い込んだ主税

この人達の心の内、悩みの種を
誰かに打ち明けることができていたなら、
救われていたのかもしれません。

このように考えると、
この話の中で【真に悪い人】は1人として
いないのだと思いました。

『52ヘルツのクジラ』は、町田そのこさんが 
今も何かで苦しんでいる人に向けて、
「あなたの心の叫び声は誰かに聞こえているよ」
と優しいメッセージを送っている
本のような気がしました。